ときは文政、江戸を舞台とした作品は数多くある。 その中でもいびつな夫婦の、唯一無二の恋物語を書いた作品がある。 蝉谷めぐ実作の小説、『おんなの女房』である。
江戸時代、武士は女性と一緒に公道を歩くことが出来なかった。 そのためか、この時代頃から 「女は男の三歩後ろを歩け」という言葉が生まれたそうだ。 しかし本作品の妻は夫と一緒に歩くことをこう表している。
「この人の隣か後ろか、それとも前か。なぜってこの人が、常に女の姿でいるからだ。」 19ページ

武家の娘・志乃は歌舞伎役者のもとに嫁ぐ。 嫁ぎ先の喜多村燕弥は歌舞伎の中でも女性の役をする女形役者だった。 燕弥は役作りのために日常生活でも常に女以上に妖艶で美しい女の姿で過ごしている。 そう、作品名からわかるように妻の志乃は『おんなの女房』になったのだ。 武家の娘だからこそ礼儀を重んじ、男を立てようとする妻、片やいつも女性の姿をしている夫。 女として生活している夫からなにを求められているのか、 女房とは、女とは、男とはー-。 妻も夫も、双方悩みながら夫婦について考えていく…というのがこの作品の大まかなストーリーだ。
江戸時代は身分制度が確立し職業が固定したため世襲制が一般的だった。 歌舞伎も武家もそれは同じ。 しかし本作品の妻は『おんなの女房』、世継ぎを残すことも育てることもできない…。 時代と文化に流され、傷つきながらも自分たちらしい夫婦になっていく過程の中に描かれている 登場人物たちの悩みや葛藤がダイレクトに伝わり感情移入してしまうのが本作の最大の魅力だ。

ストーリーもさることながら、この作品にはほかにも素晴らしいところがある。 それは本格的に江戸文化や歌舞伎について知れるところだ。 この作品は作中に実際の歌舞伎演目である【鎌倉三代記】や【祇園祭礼信仰記】などが登場する。 難しい演目でもわかりやすく解説されているので、歌舞伎初心者でも楽しめるのだ。 歌舞伎を知っている人は勿論、知らない人も興味をそそられること間違いなしである。
時代、文化、風習といった江戸の独特な雰囲気も味わいつつ、 夫婦の多様性、もとい純愛を楽しむことができる本作。 この作品は悲しい物語ではない。 ふたりが自分たちらしい夫婦になっていく希望の物語なのだ。 ふたりの出した、夫婦の形をぜひとも見届けてもらいたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
\ SUZURIでグッズ販売始めました /