名探偵ならぬ銘探偵!?

名探偵といえば、あなたは誰を思い浮かべますか?
やはりシャーロック・ホームズ?それともエルキュール・ポアロ?明智小五郎や金田一耕助でしょうか?
あるいは、江戸川コナン(工藤新一)かもしれませんね。
フィクションの世界には、ここには挙げられないほどあまたの名探偵が存在します。
彼らは個性的——歯に衣着せぬ表現をすれば〝変人〟であることが多いのですが、
その中でも特にユニークな名探偵を紹介させていだきます。
いえ、本人の言を借りれば、名探偵ならぬ〝銘探偵〟。
その名も、メルカトル鮎。
麻耶雄嵩さんの小説「メルカトル鮎シリーズ」に登場する探偵です。

メルカトル鮎——まず名前からして妙ですよね。
もちろん本名ではなく当人がそう名乗っているだけで、本当の名前は不明。
外国人のように彫りの深い顔立ちをした、三十歳前後の青年なのですが、風変わりなのはその出で立ちです。
物語の舞台は現代日本にもかかわらず、純黒のタキシードで身を固めています。
なおかつシルクハットをかぶり、ステッキを持ち、パイプをくゆらせるという徹底ぶり。
しかし、好んでそんな格好をしている訳ではなく、銘探偵の〝ユニフォーム〟として身にまとっているだけだとのたまうのです。
探偵の仕事の時以外にも着用しているのは、事件に遭遇してから着替えるのは美意識に反するからだとか。
胸にリボンをつけた真紅のフードにユニフォームを替えようかと検討してみたり、
頂点にポンポンのついた三角形のナイトキャップを眠る時に装着していたりと、ファッションセンスが奇抜です。

奇抜なのは服装だけではありません。
とにかく傲慢な性格で、
名探偵ではなく銘探偵を自称しているのも、銘を刻まれるべき探偵だと確信しているため。
天才であると自認し、「解決できない事件などない」と豪語します。
また、己を「長編には向かない探偵」と評し、その理由は「たとえ誰かが連続殺人を目論んだとして、
私自身が故意に見逃さない限り、その事件は連続殺人にはなりえないし、
いくら犯人が無い知恵を絞って複雑で知能的な犯罪を計画しても、私の登場と同時に即座に解決されてしまう」から。
「短編向き、といっても、小さな事件、というわけでなく、大きく煩雑そうに見える事件も短編の枚数しか必要ない」と、
傲岸不遜とはこのことです。
ただし、不可解な二重殺人事件を到着後わずか十五分で解決するなど、実力は本物です。
その傍若無人ぶりは、言葉だけではなく行動にもあらわれています。
事件の解決よりも自分の利益を優先する。犯人と取り引きして殺人を黙認する。
ご遺体を足蹴にして唾を吐きかける。事件が起こっても警察に通報しない。
観劇に行きたいがために一刻も早く事件を解決しようとして、証拠を捏造する。
暇を持て余し、殺人を犯したがっている人間にわざときっかけを与える。
寝ている親友を起こそうとして金槌を振り上げる。帰省していた親友を暇つぶしで呼び戻す。
警察の事情聴取を盗み聞きするために盗聴器を仕掛ける。容疑者となった親友を助ける代わりに、彼の宝物を要求する。
犯人を捕まえるために親友を囮にする。殺されることが分かっていながらその人を見殺しにする。
……などなど、悪行は枚挙にいとまがありません。

〝親友〟と前述しましたが、「人格に難がありすぎるメルカトル鮎に、果たして友人がいるのだろうか?」と疑った方もおられるでしょう。
私も首を傾げるばかりなのですが、銘探偵を「メル」と愛称で呼び、「親友」だと言う人物がいるのです。
物語のワトソン役、売れない推理作家の美袋三条(みなぎ さんじょう)です。
二人は大学時代の学友同士で、いつもメルが美袋を振り回し、散々な目に遭わせています。
美袋は、「何故おれはこいつと友達してるんだ。いつか殺してやる」と本気で考えたり、
メルを井戸に突き落とそうとしたりしながらも、友人づきあいはやめません。
それどころか、二人で仲良く避暑や列車旅に出かけたりと、まさに〝親友〟なのです。

このようなメルと美袋の不思議な関係や、彼らのユーモラスな応酬は、
メルのキャラクター性とともに作品の魅力となっています。

銘探偵の活躍を見たいと思ったあなたにおすすめするのは、短編集「メルカトルと美袋のための殺人」です。
長編もあるのですが、当の本人が「長編には向かない探偵」を主張するのですから、
まずは短編で次々と謎を解き明かす銘探偵をご覧ください。

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